せん妄

Delirium

せん妄とは

せん妄(Delirium)は、急性に発症する注意・意識・認知の障害を 特徴とする神経精神症候群です。 通常は可逆的ですが、適切な治療が行われない場合は遷延し、 死亡率・在院日数・長期認知機能低下の独立したリスク因子となります。

入院患者の14〜56%、ICU患者の60〜80%、術後患者の15〜53%に発症するとされ、 一般病棟で最も頻繁に精神科コンサルテーションが依頼される病態の一つです。 しかし低活動型せん妄は「おとなしい患者」として見逃されやすいという重大な臨床的問題があります。

3病型

  • 過活動型(Hyperactive) :興奮・不穏・幻覚(特に幻視)・妄想・点滴抜去・転倒転落行動。 臨床的に認識されやすい(「夜間に暴れる」)。 全せん妄の約25%。
  • 低活動型(Hypoactive) :傾眠・無気力・ぼんやりした状態・会話の減少・食事拒否。 「うつ病」「疲労」と誤解されやすく、最も見逃されやすい病型(全せん妄の約50%)。 予後が過活動型より悪いという報告もある。
  • 混合型(Mixed) :過活動型と低活動型が混在。全せん妄の約25%。

原因・誘発因子

せん妄はDSM-5では「他の医学的疾患・物質中毒・物質離脱・薬物毒性によるもの」と 規定されており、必ず器質的原因を検索することが重要です。

  • 直接因子(Direct Causes) :中枢神経系疾患(脳卒中・頭部外傷・髄膜炎・脳炎)、 全身性疾患(感染症・敗血症・心不全・腎不全・肝不全・電解質異常・低血糖・低酸素)、 薬物(オピオイド・BZ系・ステロイド・抗コリン薬・H2ブロッカー)、 離脱(アルコール・BZ系・睡眠薬)。
  • 誘発因子(Precipitating Factors) :高齢・認知症・脱水・低栄養・疼痛・不動・睡眠障害・ 感覚障害(難聴・視力低下)・環境変化(入院・ICU転室)・拘束・カテーテル留置。
  • THINK・I WATCH DEATHなど の記憶法によって原因を系統的に検索することが臨床的に有用。
緊急確認: アルコール離脱せん妄(振戦せん妄:DTs)は発症後24〜72時間でピークを迎え、 痙攣・自律神経不安定(頻脈・高血圧・発汗・発熱)を伴い、 未治療では死亡率5〜10%。 大量BZ(ジアゼパム)静注・チアミン投与・ICU管理が必要な精神科的緊急症

評価とスクリーニング

  • CAM(Confusion Assessment Method) :4基準(①急性発症・変動する経過、②注意障害、③思考の混乱、④意識レベルの変化)のうち、 ①②+③または④を満たせばせん妄(感度94%・特異度89%)。 ICU用のCAM-ICUは言語反応が困難な挿管患者への適用が可能。
  • RASS(Richmond Agitation-Sedation Scale) :意識レベルの評価(-5〜+4)。CAM-ICUと組み合わせてICUでの標準的評価法。
  • 4AT(4 A's Test) :簡便な4項目スクリーニング(覚醒・AMT4・注意・急性変化)。 特別な訓練なしに使用可能で病棟ルーティンスクリーニングに適する。
  • 血液検査・画像検査 :CBC・生化学・電解質・BUN/Cr・LFT・血糖・甲状腺・CRP・血液培養・尿培養。 神経学的所見がある場合は頭部CT/MRI。髄膜刺激症状があれば腰椎穿刺。

鑑別診断

  • 認知症との鑑別 :認知症は慢性進行性で意識障害はない。 せん妄は急性発症・変動する経過・注意障害が特徴的。 認知症はせん妄の最大の危険因子であり、両者は合併しうる(認知症+せん妄)。
  • うつ病との鑑別 :低活動型せん妄は「無気力・無言・食欲不振」でうつ病に類似する。 うつ病は急性発症しない・意識は清明・注意障害は通常ない。 CAMが鑑別に有用。
  • 統合失調症・躁病との鑑別 :過活動型せん妄の興奮・幻覚・妄想は精神症状と類似。 急性発症・意識変動・身体疾患の存在がせん妄を示唆。

治療

原因の同定と治療が最優先。薬物療法はあくまで補助的対応で、 行動症状のコントロールを目的とします。

  • 非薬物療法(第一選択) :環境調整(時計・カレンダー・家族写真の設置、昼間の照明・夜間の暗転)、 見当識の維持(日付・場所・スタッフ氏名の繰り返し確認)、 早期離床・身体活動の促進、睡眠覚醒リズムの回復、 不必要なカテーテル・身体拘束の除去、補聴器・眼鏡の装着、 家族の付き添いと見知った顔の存在。
  • ハロペリドール(定型抗精神病薬) :過活動型せん妄の興奮・幻覚に対して0.5〜1mg経口/筋注/静注。 QTc延長のモニタリングが必要。 DLB(レビー小体型認知症)には絶対禁忌(重篤な過敏反応)。
  • クエチアピン・オランザピン(非定型抗精神病薬) :ハロペリドール同様の適応。 クエチアピンは特に睡眠覚醒リズムの改善効果が期待されることがある。 いずれも高齢者認知症への使用は「重大な警告」に注意。
  • ベンゾジアゼピン系薬の使用制限 :BZ系薬はせん妄を悪化させるリスクがあるため、 アルコール離脱・BZ離脱・抗コリン薬中毒によるせん妄(BZが適応)を除き原則回避。

予防

  • HELP(Hospital Elder Life Program) :入院高齢者のせん妄予防の標準的多職種プログラム。 認知機能維持・早期離床・睡眠促進・脱水予防・聴覚視覚補助の5領域への介入。 せん妄発症率を30〜40%減少。
  • 薬物の見直し :入院時に高リスク薬(抗コリン薬・BZ系・H2ブロッカー・オピオイド)を点検・削減。 Beers Criteriaに基づく処方適正化。
  • 術前・ICU前評価 :認知症スクリーニング・脱水補正・疼痛管理・早期抜管。 術前からの家族教育(「術後せん妄は起こりうること」の説明)。
Medi Face Point: 「夜中に点滴を抜こうとしている」という看護師からのコールで すぐ「ハロペリドール」と考える前に、 まず酸素飽和度・血糖・体温・尿量を確認し、 痛みがないか・排尿できているか・聴こえているかを確認することが、 せん妄の本質的な原因対処につながります。 夜間せん妄の多くは「低酸素・疼痛・尿閉・脱水」の見落としが背景にあります。

まとめ

  • せん妄は急性発症・変動する注意・意識障害を特徴とし、入院患者の14〜56%に発症する頻度の高い神経精神症候群。
  • 低活動型せん妄(約50%)は見逃されやすく予後不良のため、CAM・4ATによる積極的スクリーニングが必要。
  • 原因の同定と治療が最優先で、薬物療法(ハロペリドール等)は補助的。DLBへの定型抗精神病薬は絶対禁忌。
  • HELP等の多職種予防プログラムにより発症率を30〜40%減少できる。