うつ病(大うつ病性障害)
Major Depressive Disorder
うつ病とは
うつ病(大うつ病性障害:Major Depressive Disorder)は、 抑うつ気分またはアンヘドニア(興味・喜びの消失)を中心症状とし、 複数の身体的・認知的・感情的症状が2週間以上続いて生活機能を著しく障害する疾患です。
世界の疾病負担において主要な原因であり(WHO:世界で3億人以上が罹患)、 適切な治療で約60〜70%が改善しますが、 治療を受けていない患者が世界の多数を占めるのが現状です。
DSM-5診断基準(9症状)
以下9症状のうち5つ以上が2週間以上ほぼ毎日存在し、①か②のうち少なくとも1つが含まれること。
- ①抑うつ気分(悲しい・空虚・絶望感)
- ②興味・喜びの著しい減退(アンヘドニア)
- 食欲の変化(増加または減少)・体重変化(1か月で体重の5%以上)
- 不眠または過眠
- 精神運動性の焦燥または制止(観察可能な程度)
- 疲労感または気力の減退
- 無価値感、または過剰・不適切な罪責感
- 思考力・集中力の減退、または決断困難
- 死についての反復思考、希死念慮、自殺企図
これらが社会的・職業的・重要な他の機能領域において著しい苦痛・機能障害を引き起こし、 物質・医学的疾患・他の精神疾患では説明されないことが必要です。
疫学
- 生涯有病率:15〜20%(女性は男性の約2倍)
- 12か月有病率:約7%
- 発症ピーク:20〜30代。ただし若年発症・高齢発症ともある
- 再発率:1回目のエピソード後の再発率50%・2回目後75%・3回目後90%以上
病因
- モノアミン仮説 :セロトニン・ノルアドレナリン・ドパミンの機能不全(SSRI・SNRIの作用根拠)。 ただし単純な欠乏説は現在では過度に単純化とされる。
- 神経可塑性・BDNF仮説 :慢性ストレスによる海馬のBDNF(脳由来神経栄養因子)低下・神経新生の減少。 抗うつ薬は神経可塑性を高めることが示されている。
- HPA軸過活動・炎症仮説 :慢性ストレスによるコルチゾール過分泌・炎症性サイトカイン増加が うつ病の神経生物学的基盤となっている可能性。
- 心理社会的要因 :喪失体験・慢性ストレス・幼少期の逆境的体験(ACE)・認知的脆弱性(ネガティブ認知スタイル)。
鑑別診断
- 双極性障害(抑うつエピソード) :最も重要な鑑別。過去の躁・軽躁の徹底的な聴取が必須。 見逃すと抗うつ薬単剤で躁転・急速交代化リスク。
- 適応障害 :明確なストレス因に続発。症状が軽度・ストレス因が消えれば6か月以内に回復。
- 甲状腺機能低下症 :倦怠感・意欲低下・体重増加・記憶低下。TSH・FT4で除外。
- 統合失調症の陰性症状 :意欲低下・感情の平板化はうつに類似するが、幻聴・妄想・思考障害の有無で鑑別。
- 身体疾患合併 :がん・慢性疾患・自己免疫疾患・パーキンソン病・認知症に合併するうつ病は頻度が高い。
- 持続性抑うつ障害(気分変調症) :軽度だが2年以上慢性的に続くうつ。「ずっとこんな気分」と感じやすい。
希死念慮・自殺リスク評価
うつ病診察において希死念慮の確認は最重要の安全評価です。
- 「死にたい・消えたいという気持ちはありますか?」——直接聞くことが重要。自殺念慮を聞くことで念慮が高まることはない。
- 念慮がある場合:具体的な計画(手段・場所・時期)・意図・手段へのアクセスを評価する
- 高リスク因子 :過去の自殺企図(最大のリスク因子)・男性・高齢・アルコール使用障害・ 孤立・慢性身体疾患・絶望感(希死念慮より絶望感の方が予測力が高い)。
- 緊急対応 :具体的計画がある・衝動制御困難→緊急受診・入院・家族への連絡・致死的手段へのアクセスの遮断。
治療
軽度うつ病
- 支持的精神療法・心理教育・生活指導(睡眠・運動・休養)が優先
- 薬物療法は症状・機能障害の程度を見て判断
中等度〜重度うつ病
- 薬物療法(第一選択) :SSRI(セルトラリン・エスシタロプラム)またはSNRI(デュロキセチン)。 効果判定には2〜4週・十分量での4〜6週が必要。 4〜6週で十分な反応がなければ用量増量・他剤変更・増強療法を検討する。
- 認知行動療法(CBT) :薬物療法と同等の急性期効果。薬物療法との組み合わせが再発予防に優れる。 行動活性化・認知再構成が中核技法。
- 休養・活動調整 :急性期は「無理しない許可」を与えること。 回復期には段階的な活動再開(行動活性化)を支援する。
治療抵抗性うつ病
治療抵抗性うつ病(TRD)は、 2剤以上の抗うつ薬を十分量・十分期間使用しても症状が改善しない状態です。 うつ病全体の20〜30%がTRDに該当するとされます。
- 増強療法 :リチウム・甲状腺ホルモン(T3)・アリピプラゾール・クエチアピン・ ブレクスピプラゾールを既存の抗うつ薬に追加する。
- 修正型電気けいれん療法(m-ECT) :最も効果的なTRD治療(急性期緩解率60〜80%)。 薬物療法抵抗性・重篤な希死念慮・拒食・緊張病状態に特に有用。 全身麻酔下で行うため副作用は一時的な記憶障害が主。
- ケタミン・エスケタミン(スプラヴァート) :NMDA受容体拮抗薬。数時間で抗うつ効果が現れる「急速抗うつ作用」。 TRD・希死念慮への緊急対応として期待されている。 定期的な投与維持が必要。
再発予防
- 維持薬物療法 :初発:寛解後6〜12か月継続。2回以上:2〜3年以上の継続。 3回以上または重篤な発作があった場合は長期(場合により生涯)継続を検討。
- MBCT(マインドフルネス認知療法) :3回以上の再発歴がある寛解期患者に再発予防効果(再発率約50%低減)。
- 再発徴候の自己モニタリング :早期警戒サイン(睡眠の変化・気力低下・外出回避)の認識と早期対処計画。
まとめ
- うつ病は抑うつ気分とアンヘドニアを中心とし、9症状のうち5つ以上が2週間以上続く疾患。
- 希死念慮の確認は診察の最重要事項。具体的計画・手段・意図まで評価する。
- 中等度以上にはSSRI/SNRI+CBT+休養。維持薬物療法は再発予防に不可欠。
- 双極性障害との鑑別が治療方針を決定する最重要ポイント。