心的外傷後ストレス障害(PTSD)
Post-Traumatic Stress Disorder (PTSD)
PTSDとは
PTSD(Post-Traumatic Stress Disorder:心的外傷後ストレス障害)は、 死・重傷・性的暴力などのトラウマ的出来事への曝露後に、 フラッシュバック・回避・否定的認知・過覚醒などの症状が1か月以上続いて 機能を著しく障害する疾患です。
生涯有病率は約7〜8%(米国)。女性は男性の2倍。 自然災害・戦闘・性的暴力・交通事故・小児期虐待など多様なトラウマで発症します。 トラウマ曝露後にPTSDに進展するのは10〜20%(曝露の種類・個人差による)。
DSM-5診断基準(4つのクラスター)
基準A:トラウマ的出来事への曝露 :死・重傷・性的暴力の実際の体験・目撃・近親者への出来事を知ること・ 職業的な繰り返した曝露(警察・救急隊員など)。
基準B:侵入症状(1つ以上)
- フラッシュバック(解離性再体験):出来事が今起きているように再体験される
- 反復的・侵入的な苦痛を伴う記憶
- 反復的な苦痛を伴う夢(悪夢)
- トラウマを象徴するものへの強い心理的苦痛
- トラウマを象徴するものへの生理的反応(発汗・動悸)
基準C:回避(1つ以上)
- トラウマに関連した思考・感情の回避
- トラウマを想起させる外的な刺激(人・場所・会話・活動)の回避
基準D:認知と気分の否定的変化(2つ以上)
- トラウマの重要な側面が想起できない(解離性健忘)
- 自己・他者・世界への否定的信念(「私は悪い人間だ」「世界は危険だ」)
- 自己・他者を責めることへの過剰な持続的否定的感情
- 否定的感情の持続(恐怖・罪悪感・恥・怒り)
- 重要な活動への関心・参加の著しい減少
- 他者から疎外・孤立している感覚
- 肯定的な感情を経験できない(アンヘドニア)
基準E:覚醒と反応性の著しい変化(2つ以上)
- 過剰な驚愕反応
- 過覚醒(常に「警戒モード」)
- 睡眠障害(入眠困難・中途覚醒)
- 易刺激性・怒りの爆発
- 無謀または自己破壊的行動
- 集中困難
複雑性PTSDとの関係
複雑性PTSD(Complex PTSD;ICD-11)は、 反復・長期にわたる(幼少期の)トラウマ——虐待・DV・拷問・監禁——によって生じる PTSDに加えて、感情調節の持続的困難・自己認識の歪み・対人関係の障害を伴う状態です。
DSM-5には複雑性PTSDのカテゴリは独立しておらず(PTSD内の「解離型」として部分的に含まれる)、 ICD-11(2022年発効)で初めて正式に分類されました。 治療は通常のPTSD治療より時間がかかり、安定化フェーズを重視したフェーズ基盤アプローチが推奨されます。
評価ツール
- PCL-5(PTSD Checklist for DSM-5) :20項目自記式尺度。DSM-5の4クラスターに対応。 33点以上でPTSDの可能性。治療経過の追跡にも使用。
- CAPS-5(Clinician-Administered PTSD Scale) :構造化面接による診断・重症度評価のゴールドスタンダード。 研究・専門医療機関で使用。
- IES-R(Impact of Event Scale-Revised) :侵入・回避・過覚醒の3因子。日本語版あり。スクリーニングに使用。
- DES(Dissociative Experiences Scale) :解離体験の評価。複雑性PTSD・解離型PTSDの事前評価として使用。
合併症
- うつ病:50〜80%に合併。相互に増悪させる
- 物質使用障害:「自己投薬(Self-medication)」としてアルコール・薬物依存が生じやすい
- 自傷・自殺リスク:特に複雑性PTSD・解離症状を伴う場合に高リスク
- 慢性疼痛・身体症状:線維筋痛症・過敏性腸症候群との高い合併率
- 解離症状:離人症・記憶の空白・別人格的体験
治療
PTSDの治療はトラウマ焦点化心理療法が第一選択です。 WHO・NICE・ISTSSガイドラインで強く推奨されています。
- 持続曝露療法(PE: Prolonged Exposure) :Foa(フォア)が開発したトラウマ焦点化CBT。 ①想像曝露:トラウマ記憶を詳しく繰り返し語ること(脱感作)。 ②現実曝露:回避している安全な場所・状況への段階的再曝露。 高いエビデンスを持つ。9〜12セッション(週1〜2回)。
- 認知処理療法(CPT: Cognitive Processing Therapy) :トラウマに関連した否定的な固着した信念(スタックポイント)を認識・修正する。 「私のせいだ」「世界は完全に危険だ」などの認知の変容に特化。
- EMDR :眼球運動を用いたトラウマ記憶の再処理。PEと同等のエビデンス。 言語化が難しい・曝露への抵抗が強い患者に選択されやすい。
- 薬物療法 :SSRI(セルトラリン・パロキセチン;FDA承認)が第一選択。 心理療法の補助として使用。心理療法単独のエビデンスの方が強い。 睡眠障害に:プラゾシン(悪夢・過覚醒)・睡眠薬の短期使用。
- 複雑性PTSDへのフェーズ基盤治療 :フェーズ1(安定化・安全確保・感情調節スキル習得)→ フェーズ2(トラウマ記憶の処理)→ フェーズ3(統合・将来への向き合い)。 安定化なしにトラウマ処理を急ぐと症状悪化リスクがある。
まとめ
- PTSDはトラウマ体験後に侵入・回避・否定的認知気分・過覚醒の4クラスターが1か月以上続く疾患。
- 複雑性PTSDは長期反復トラウマ後に感情調節困難・自己認識の歪み・対人関係障害が加わる状態(ICD-11)。
- 治療の第一選択はトラウマ焦点化CBT(PE・CPT)またはEMDR。薬物療法は補助的。
- 複雑性PTSDには安定化フェーズを重視したフェーズ基盤アプローチが必要。