てんかんと精神科的合併症
Epilepsy and Psychiatric Comorbidities
てんかんと精神科の交差点
てんかん(Epilepsy)は脳の神経細胞の過剰な電気的活動(発作)が 繰り返し起こる慢性神経疾患で、有病率は人口の約1%(日本:約100万人)です。
てんかんは精神科との関わりが深い疾患です。その理由は:
- 精神症状がてんかん発作として現れる :恐怖感・幻視・記憶の途切れ・意識変容などは側頭葉てんかんの発作症状として現れうる。 精神疾患として誤診されるケースがある。
- てんかん患者に精神疾患の合併が高率 :うつ病30〜50%・不安症20〜40%・精神病症状5〜10%。
- 抗てんかん薬(AED)が精神症状に影響する :気分安定効果を持つものも、精神症状を誘発・悪化させるものもある。
てんかん合併うつ病・不安症
てんかん患者のうつ病有病率は一般人口の2〜5倍です。 この高率は単なる「病気への心理的反応」ではなく、 てんかんとうつ病が共通の神経生物学的基盤を持つ双方向の関係にあると考えられています。 (うつ病の既往はてんかん発症リスクを2〜5倍高め、逆もしかり)
- 発作間欠期うつ病(Interictal Depression) :発作のない時期に持続するうつ病。最も多い形態。 側頭葉てんかん・難治性てんかんで特に高率。
- 発作前後うつ(Peri-ictal Depression) :発作の直前(前兆)または直後(発作後)の抑うつ状態。 数分〜数日で自然消退する。
- 不安症との合併 :予期不安(いつ発作が起きるかわからない恐怖)・社交不安(発作を人前で起こすことへの恐怖)・ 外出回避が質の高い生活を著しく損なう。
- NDDI-E(Neurological Disorders Depression Inventory for Epilepsy) :てんかん患者専用のうつ病スクリーニング尺度。6項目。
てんかん性精神病
てんかん性精神病(Epilepsy-related Psychosis)は、 幻覚・妄想などの精神病症状がてんかんとの関連で生じる状態です。
- 発作後精神病(Postictal Psychosis) :群発発作の後、24〜48時間の無症状期を経て突然発症。 幻覚・妄想・興奮が数日間持続後、自然消退することが多い。 予め家族に説明しておくことが必要。
- 発作間欠期精神病(Interictal Psychosis) :発作と無関係に持続する統合失調症様症状。 「てんかん性統合失調症様精神病(SLPE)」とも呼ばれる。 病識が保たれることが多い(統合失調症との鑑別点)。
認知機能障害
てんかん患者の認知機能は、以下の複数の要因から影響を受けます。
- 発作そのものの影響 :繰り返す発作(特に全般発作・長時間の複雑部分発作)は 海馬・前頭葉機能に累積的ダメージを与える可能性がある。
- 抗てんかん薬の副作用 :認知機能を低下させやすい薬:フェノバルビタール・フェニトイン・ トピラマート(言葉が出にくい)・ベンゾジアゼピン系。 影響が少ない薬:ラモトリギン・レベチラセタム。
- てんかんの基礎疾患 :脳腫瘍・結節性硬化症・海馬硬化・自己免疫性脳炎など。
抗てんかん薬の精神科的側面
主要な抗てんかん薬(AED)の精神科的プロファイル:
- バルプロ酸 :気分安定作用あり(双極性障害にも適応)。うつを軽減することがある。 体重増加・多囊胞性卵巣症候群(女性)。
- ラモトリギン :抗うつ・気分安定作用あり。認知機能への影響が少ない。 急速な増量でStevens-Johnson症候群リスク。
- レベチラセタム(イーケプラ) :認知機能への影響が少ない。 易刺激性・攻撃性・抑うつ・精神病症状の誘発に注意(「レベチラセタム性格変化」)。
- トピラマート :言葉の流暢性低下・認知機能低下(特に高用量)。体重減少。
- フェノバルビタール :鎮静・認知機能低下・小児でのADHD様症状誘発。うつ・自殺リスク増加。
- ペランパネル(フィコンパ) :易刺激性・攻撃性・精神病症状(特に高用量)の誘発報告あり。
精神科的合併症への対処
- うつ病 :SSRI(セルトラリン・エスシタロプラム)が比較的安全。 ブプロピオン・クロミプラミンは痙攣閾値を低下させるため回避。 三環系も痙攣リスクがあり高用量は避ける。
- 精神病症状 :小量の非定型抗精神病薬(アリピプラゾール・クエチアピン)。 クロザピンは痙攣リスクがあり原則回避。 ハロペリドール・クロルプロマジンも痙攣閾値を低下させる。
- 抗てんかん薬の選択見直し :精神症状を誘発・悪化させやすい薬剤(レベチラセタム・ペランパネル・フェノバルビタール)の 用量調整または他薬への変更を神経内科・てんかん専門医と協議する。
精神症状とてんかん発作の鑑別
側頭葉てんかんの発作症状は精神症状に類似することがあり、 鑑別が臨床的に重要です。
- 解離症状との鑑別:てんかん発作の意識変容 vs 解離性健忘
- 幻聴との鑑別:側頭葉発作のアウラとしての幻聴 vs 統合失調症の幻聴
- パニック発作との鑑別:扁桃体・側頭葉発作の恐怖感 vs パニック症
- 記憶障害との鑑別:複雑部分発作後の健忘 vs 解離性記憶障害
疑わしい場合は脳波(EEG)の評価が必須です。 長時間ビデオ脳波では発作症状と脳波の同時記録が可能です。
まとめ
- てんかん患者にうつ病・不安症・精神病症状が高率に合併し、QOLと予後に大きく影響する。
- 抗てんかん薬は種類により精神症状を改善または悪化させることがあり、精神科的プロファイルの把握が必要。
- てんかん性精神病(発作後・発作間欠期)は統合失調症と鑑別すべき重要な疾患概念。
- 精神症状の評価にはEEGを含む神経内科的評価との協力が不可欠。