気分安定薬
Mood Stabilizers
気分安定薬の概要
気分安定薬(Mood Stabilizers)は、 双極性障害の躁エピソード・抑うつエピソードの治療と、 エピソード間の再発予防に使用される薬物群です。 リチウム・バルプロ酸・ラモトリギン・カルバマゼピンが主要な4剤で、 それぞれ作用機序・適応・副作用が異なります。
近年は、一部の非定型抗精神病薬(オランザピン・クエチアピン・アリピプラゾールなど)も 双極性障害の治療薬として承認されており、 従来の気分安定薬と組み合わせて使用されることが多くなっています。
リチウム
リチウム(炭酸リチウム:リーマス)は、 双極性障害の長期再発予防において最も強いエビデンスを持つ薬剤です。 また、双極性障害における自殺リスク低減効果が示されている数少ない薬の一つです。
- 適応 :躁病急性期・双極性うつ(補助)・躁うつ再発予防・難治性うつ病の増強療法。
- 治療域と毒性域が近い(治療係数が狭い) :有効血中濃度:0.6〜1.2 mEq/L(維持)、急性躁:0.8〜1.2 mEq/L。 1.5 mEq/L以上で毒性症状リスク。定期的な血中濃度測定が必須。
- リチウム中毒症状 :粗大振戦・嘔吐・下痢・傾眠→重篤化すると痙攣・意識障害・腎不全。 脱水・NSAIDs・ACE阻害薬・利尿薬との相互作用で血中濃度が急上昇する。
- 定期モニタリング :血清リチウム濃度・腎機能(BUN・Cr)・甲状腺機能(TSH)・ 体重・カルシウム(副甲状腺ホルモン上昇)。
- 妊娠への影響 :エプスタイン奇形(三尖弁形成異常)のリスク(リスクは過去よりも小さく見積もられているが、妊娠初期は慎重)。 授乳中は移行するため、原則授乳回避が推奨される。
- 長期副作用:腎機能低下(間質性腎炎)・甲状腺機能低下症・副甲状腺機能亢進症・ 体重増加・認知機能への影響(高濃度)。
バルプロ酸
バルプロ酸(デパケン・セレニカ)はGABA増強・Na+チャネル阻害などの 多面的機序を持ち、てんかん・片頭痛予防・双極性障害に使用されます。
- 適応 :躁病急性期(リチウムより即効性あり)・双極性障害の再発予防・ 混合状態・急速交代型・てんかん。
- 有効血中濃度:50〜100 μg/mL(抗てんかん)、双極性は同等以上が目安。
- 副作用 :体重増加・脱毛・多囊胞性卵巣症候群様変化(女性)・振戦・鎮静・ 肝機能異常・高アンモニア血症・血小板減少。
- 重要な禁忌:妊娠 :胎児への神経管閉鎖障害(リスク約5%)・認知発達障害リスクが高く、 妊娠可能な女性への処方は最小限にし、避妊の確認が必要。 欧州では妊娠可能な女性への処方に厳しい制限(PREVENT)。
- CYP阻害 :ラモトリギン・フェノバルビタールなどの代謝を阻害するため相互作用に注意。
ラモトリギン
ラモトリギン(ラミクタール)はNa+チャネル阻害を主な機序とし、 双極性うつの予防に最も優れた気分安定薬とされています。 躁病急性期には効果が限定的。
- 適応 :双極Ⅰ型・Ⅱ型障害の気分エピソード再発予防(特にうつ)・てんかん。
- 漸増が必須 :皮膚反応(発疹→重篤なStevens-Johnson症候群・TENのリスク)を避けるため 必ず超低用量から8〜12週かけて漸増する。 バルプロ酸との併用時は血中濃度が2倍になるため特に緩徐な漸増が必要。
- 副作用 :発疹(約10%)・頭痛・めまい・消化器症状。重篤な皮膚反応(0.1〜0.3%)。
- 妊娠 :バルプロ酸より催奇形性リスクが低く、妊娠可能な女性に比較的選択しやすい。 妊娠中は代謝が増加するため用量調整が必要。
カルバマゼピン
カルバマゼピン(テグレトール)はNa+チャネル阻害。 てんかん・三叉神経痛・双極性障害の躁に使用されます。
- 適応:躁病急性期・双極性障害再発予防・てんかん・三叉神経痛。
- CYP3A4誘導が強い :多くの薬(ワルファリン・避妊薬・フェニトインなど)の代謝を促進し、 効果を減弱させる。相互作用が非常に多く、多剤使用患者では特に注意。 自己誘導(自分自身の代謝を促進)により、開始数週間後に血中濃度が低下することがある。
- 副作用 :眠気・めまい・複視・低ナトリウム血症(SIADH)・骨髄抑制(白血球減少)・ 皮膚反応(Stevens-Johnson症候群:アジア系でHLA-B*1502保有者でリスク高)。
- HLA-B*1502検査 :アジア系患者ではSJS/TENリスクが高く、可能であれば開始前に遺伝子検査が推奨される(一部の国では義務)。
非定型抗精神病薬の気分安定薬的使用
以下の非定型抗精神病薬は双極性障害の適応を持ち、気分安定薬として使用されます。
- オランザピン:躁・うつ・再発予防(体重増加・代謝副作用に注意)
- クエチアピン:躁・うつ(双極性うつへの承認あり)
- アリピプラゾール:躁・再発予防(代謝副作用が少ない)
- ルラシドン:双極性うつ(承認あり、代謝副作用少)
- アセナピン:躁病急性期
使い分けの考え方
- 急性躁:リチウム or バルプロ酸 + 必要に応じて非定型抗精神病薬
- 双極性うつ急性期:クエチアピン・ルラシドン・ラモトリギン(抗うつ薬単剤は原則避ける)
- 再発予防(躁主体):リチウム・バルプロ酸・アリピプラゾール
- 再発予防(うつ主体):ラモトリギン・リチウム・クエチアピン
- 妊娠可能な女性:バルプロ酸を避ける、ラモトリギン or リチウム(利点・欠点を十分説明)
まとめ
- 気分安定薬の主要4剤はリチウム・バルプロ酸・ラモトリギン・カルバマゼピン。
- リチウムは再発予防・自殺予防に最も強いエビデンス。血中濃度・腎機能・甲状腺のモニタリングが必須。
- バルプロ酸は急性躁に即効性あり。妊娠可能な女性への使用は原則避ける。
- ラモトリギンは双極性うつの再発予防に優れ、漸増を守れば比較的安全。