精神疾患診断に必要な身体面の検査

Physical Examinations and Laboratory Tests in Psychiatric Diagnosis

身体面の検査の意義

精神科診療において、身体面の評価は見落とされがちですが、臨床上極めて重要です。 その理由は2つあります。

  1. 器質性疾患の除外:甲状腺機能異常・貧血・ビタミン欠乏・感染症・脳腫瘍・てんかんなど、 身体疾患が精神症状を呈するケースは少なくない。これらを見逃すと、 精神疾患として治療されながら身体疾患が進行してしまう。
  2. 安全な薬物療法の実施:向精神薬は心電図(QT延長)・肝機能・腎機能・代謝(血糖・脂質)に影響しうる。 ベースライン評価なしに薬を開始することは、後のモニタリングを困難にする。

身体診察・神経学的所見

精神科初診時には、最低限以下の身体診察・神経学的観察を行います。

  • バイタルサイン:血圧(起立性低血圧の確認を含む)・脈拍・体温・体重・BMI
  • 外観・体型:るいそう(摂食障害・悪性腫瘍)・肥満・クッシング様顔貌・浮腫
  • 神経学的所見 :脳神経(瞳孔・眼球運動・顔面対称性)・筋力・協調運動・反射・歩行。 認知症・パーキンソン病・脳血管障害・脳炎の発見につながる。
  • 甲状腺触診:甲状腺腫・結節(甲状腺疾患)
  • 皮膚・粘膜:自傷の痕跡・黄疸(肝疾患)・蒼白(貧血)・毛細血管拡張(肝疾患・アルコール)

血液・尿検査

精神科初診・薬物療法開始前に実施すべき基本的な検査項目:

  • 血算(CBC):貧血(Hb)・白血球数(感染・免疫状態)・血小板
  • 生化学:肝機能(AST・ALT・γGTP)・腎機能(BUN・Cr)・電解質(Na・K・Cl・Ca)・血糖・HbA1c・尿酸
  • 甲状腺機能:TSH・FT4(うつ病・不安症様症状・記憶障害の除外に必須)
  • 脂質:LDL・HDL・中性脂肪(抗精神病薬・気分安定薬の代謝への影響モニタリング)
  • ビタミン・栄養:ビタミンB12・葉酸(欠乏は認知機能低下・うつ病様症状を引き起こす)
  • 梅毒・HIV(必要に応じて):神経梅毒・HIV関連神経合併症が精神症状を呈する
  • 尿検査:尿タンパク・糖・感染(UTI)・薬物スクリーニング(必要時)

器質性疾患の除外に必要な検査

症状に応じて追加すべき検査を整理します。

  • 初発精神病・重篤な認知機能低下 :頭部MRI/CT(脳腫瘍・脳血管障害・脳炎・脳萎縮)・ 脳波(てんかん・意識障害)・髄液検査(脳炎疑い)
  • てんかん疑い・意識消失発作 :脳波(EEG)・長時間ビデオ脳波・血中薬物濃度(抗てんかん薬使用時)
  • 睡眠障害(睡眠時無呼吸症候群疑い) :睡眠ポリグラフ検査(PSG)・簡易型睡眠検査
  • アルコール・物質使用障害 :血中アルコール濃度・尿中薬物(覚醒剤・大麻・ベンゾジアゼピンなど)・肝機能・血球容積(MCV)
  • 免疫・自己抗体 :自己免疫性脳炎(抗NMDAR抗体・抗LGI1抗体など)は精神症状で発症しうる。 若年・急性発症・難治例では確認を検討。

薬物療法開始前の確認事項

向精神薬の安全使用のために以下を確認します。

  • 心電図(ECT):QTc間隔の延長はSSRI・抗精神病薬で起こりうる。ベースラインの記録が必要。 QTc 450ms(男性)/ 470ms(女性)以上では使用に注意。
  • 体重・BMI・腹囲:抗精神病薬・気分安定薬は代謝異常を引き起こしうる。
  • 血糖・脂質:非定型抗精神病薬は耐糖能異常・脂質異常を引き起こしやすい。
  • リチウム使用時:腎機能・甲状腺機能・血清リチウム濃度のモニタリングが必須。
  • クロザピン使用時:顆粒球減少症(無顆粒球症)のモニタリング。定期的な白血球数・好中球数の確認が義務。
  • 妊娠・授乳:向精神薬の胎児・新生児への影響を考慮した薬剤選択。

まとめ

  • 精神科診療でも身体診察・血液検査・神経学的評価は不可欠。
  • 甲状腺・貧血・電解質・肝腎機能・ビタミンの確認が基本セット。
  • 初発精神病・急性認知変化には頭部画像・脳波・自己免疫性脳炎の除外を検討。
  • 薬物療法前の心電図・代謝系・臓器機能の把握が安全な治療の前提。