1968年8月8日に寄せて
News / 2025.08.08
8月8日。この日に、私たちはあらためて、自らの立脚点と、未来に向けた責任を確認します。
1968年8月8日。
日本の医療が、「生」と「死」の境界を現実の臨床として引き受けざるを得なかった日。
── 和田寿郎教授率いる札幌医科大学胸部外科チームは、この日、日本で初めて、そして世界で30例目となる心臓移植手術を実施しました。
それは、日本の外科医療史における一つの到達点であると同時に、後に「和田心臓移植事件」と呼ばれることになる、極めて大きな社会的・倫理的問いを内包した出来事でもありました。
当時、日本には明確な脳死の法的定義は存在せず、インフォームド・コンセントや説明責任の概念も、現在のように制度化されてはいませんでした。
その手術は、医学的挑戦であると同時に、法と倫理、そして社会の理解が追いつかないまま先行してしまった、きわめて危うい臨床の最前線でもあったのです。
医師がどこまで踏み込むべきなのか。
生命の終わりを、誰が、どの基準で判断するのか。
その問いは、手術室の外へと溢れ出し、日本社会全体を巻き込む激しい議論へと発展していきました。
── その後、激しい賛否と検証の対象となった手術室に、Medi Face代表・近澤の祖父、近沢良は立ち会っていました。
Medi Face社は、現代における精神科・メンタルヘルス領域の課題に取り組む企業です。
しかし私たちの思想の根底には、半世紀以上前、制度も言語も未整備な中で、医師が自らの判断と責任だけを頼りに「生命」に向き合わざるを得なかった、あの現場の記憶があります。
物理的な「心臓」から、精神的な「心」へ。
扱う対象は変わりましたが、人間の生存や尊厳の境界に踏み込むという点において、その問いの本質は連続しています。
あの、強い緊張と議論を孕んだ手術室から受け継がれたのは、成功や栄光ではなく、
「医療は常に社会と倫理の検証に晒され続けなければならない」という、重い自覚でした。
その自覚を原点として、Medi Face社は、現代社会における心の医療を、安易な正解に回収することなく、問い続ける姿勢を貫いていきます。
8月8日。
この日に、私たちはあらためて、自らの立脚点と、未来に向けた責任を確認します。
Medi Face, Ltd.